2016年03月25日

最近読んでいる本のこと

今日は暮しの手帖の発売日!


暮らしの手帖といえば、次期の朝ドラも面白そうですね・・・

さてさて、暮しの手帖は、ちょっとした隙間時間に読む読み物として、
そして時々昔の号にさかのぼってレシピを調べたりするのに重宝する存在として
日々活用しているのですが、
それはさておき。

久々に本のことあれこれ。

昔、高校の頃のとある先生が言っておりました。
「齢をとると、新しい小説を読むのがこわくなる」
———僕も昔はハルキを読んだけど、最近は読まなくなってね・・・
と続く。

そういえば確かに私も、小説と呼ばれるものを読む機会が減ってきた。
たぶん、登場人物に感情移入をして、ストーリーを追って・・・
みたいなのにだんだん疲れてくるのでしょうね。。。

かといって、何かの情報、知識を得るためにかしこまって本を手にするのも違う。
・・・ま、農業の本は読んでますけどね。

・・・けれど、
もはや、情報もいらない。

私が最近の本の選択で意識しているのはそういうこと。
その本を読んでどういう知識が得られるとかどういう感情になれるとか
そういうのを主張しない本がいい。
そして自分が全く意図していないものが欲しい。

出会いは突然に。
図書館をプラプラしていて「返す場所がわからなくなったコーナー」から出会ったり
探している本の隣りの本が気になったり。
はたまた、喫茶店の本棚で出会ったり。

今、久々に、本当に久々に小説を読んでいます。
梨木香歩の小説。

ああ、情報ってイヤだなって思うのは
梨木香歩って聞いて、ああ、「西の魔女が死んだ」「裏庭」の人だな。。。
という知識から入ってしまうこと。
たぶん、新潮だか集英社だかわからないけれど
毎年お決まりのオススメ〇〇冊!に入ってる。
単語を覚えても何も意味もないのになぁ。

で、私が読んでるのは「家守奇譚」と「沼地のある森を抜けて」。
出会いは喫茶店の書棚。
「家守奇譚」が座っているところから手に届くところにあった。
その後、「家守奇譚」を購入、図書館で「沼地の〜」を借りてくる。

この2冊のいいところは、
どちらも文庫になっているのだけど
裏面に書いてあるストーリーの説明を読んでも
全く意味が分からないところ。

植物が感情を持ったり、河童が人間界を横切ったり
ぬか床から生命体が出現したり
それがSFではなくて極めて当然のこととして暮らしの中の1シーンとして描かれる。

こうやってストーリーをかいつまんで言葉にしてみても
何の意味もない、伝わらない。

すごく不思議。
不思議なんだけど、暮らしってそうだよね、と思ってしまうところがある。
感情や意識の奥底に耳を澄ませてみようか?と思ってしまう。


機会があればぜひ読んでみてください。

sachiko

  

Posted by然とsachiko(弐七農園)at 22:20 Comments(0) sachikoのつぶやき本のことあれこれ